
今回は、私たちの日常業務に深く関わっていながら、意識されにくい心理原則「返報性(へんぽうせい)」についてお話したいと思います。返報性とは、「人から何かを受け取るとお返しをしたくなる」という人間が持つごく自然な心理です。これは個人的な関係だけでなく、会社という組織の中で私たちが仕事を進める上でも非常に強力な影響力を持っています。
目次
返報性の原理とは
人間が本来持つ自然な心理
返報性の原理とは、社会心理学者ロバート・B・チャルディーニが著書「影響力の武器」の中で紹介したことで広く知られるようになった心理学の概念です。人から何かをしてもらったときに「お返しをしたい」「お返しをしなければならない」と感じる心理作用のことを指します。
これは日本人にとっては特に馴染み深い心理でしょう。日本では古くから「お礼・返礼」の文化が根付いており、「情けは人のためならず(人に情けをかけておけば、巡り巡って自分に良い結果が返ってくる)」ということわざにも表れています。受け取った恩を、時にはそれ以上の恩で返したいと感じる気持ちは、私たちにとって本来備わっている義理や人情に近い感覚なのです。
科学的に実証された効果
返報性の原理は、実験によっても実証されています。心理学者デニス・リーガンが1971年に行った有名な実験では、被験者を2人1組のグループに分け、一方が仕掛け人となって飲み物を買いに出かけます。そして帰ってきた後、福引券の購入を持ちかけるのですが、「自分の飲み物だけ買ってきた場合」と「自分と相手の飲み物を買ってきた場合」で、福引券の購入率に大きな差が出ました。
結果として、相手の飲み物も購入した場合の方が、福引券の購入率が2倍も高くなったのです。これは「飲み物を買ってきてくれたことに対してお返しをしたい」という返報性の心理が働いたことを示しています。
会社業務における返報性の具体例
部署間の協力関係
例えば、あなたが困っているときに他の部署の人が快く情報を提供してくれたり、業務を手伝ってくれたとします。次にその人が困っているとき、あなたは「今度は自分が力になりたい」と感じるはずです。これは、情報や助けという「ギブ」に対して「テイク」で応えようとする返報性が働いている典型的な例です。
このように、部署を越えた協力関係は返報性によって自然に強化されていきます。一度助け合いの経験があると、次も協力しやすくなり、組織全体のスムーズな連携につながります。
先輩と後輩の関係
先輩が惜しみなく知識やノウハウを教えたり、困っているときに親身になってサポートしたりする。そうすることで後輩は、会社に貢献したいと思う気持ちや恩返しをしたいという気持ちになり、積極的に業務に取り組むようになります。
この関係は単なる上下関係ではなく、信頼と尊敬に基づいた良好な人間関係へと発展していきます。教える側にとっても、後輩の成長が自分の喜びとなり、組織全体の成長につながります。
顧客との関係構築
お客様に対して期待以上のサービスを提供したり、迅速かつ丁寧な対応を心掛けたりする姿勢は、長期的なビジネスの成功に不可欠な要素です。顧客は受けた好意的なサービスに対して、リピート依頼や口コミでの紹介という形で返報してくれることが多くあります。
特に専門性の高いサービス業では、長期的な信頼関係が重要です。一つひとつの丁寧な対応が将来の仕事につながる可能性を高めます。
日々の業務で返報性を意識するために
「まずは自分から与える」という意識
では、私たちは日々の業務でどのように返報性を意識すれば良いのでしょうか。大切なのは、「まずは自分から与える」という意識を持つことです。
「何かをしてもらったらお返ししよう」ではなく、「まずは自分が何かを提供してみよう」という気持ちが重要です。それは、ちょっとした声掛けでも、情報共有でも、困っている人への手助けでも構いません。小さな親切から始めることで、職場全体に良い循環が生まれていきます。
見返りを期待しすぎない
返報性を意識する上で注意したいのは、見返りを期待しすぎないことです。純粋に相手のために行動すること。それが巡り巡って自分にも、会社全体にも良い影響となって返ってきます。
過度に見返りを求めたり、「これだけしてあげたのに」と思ったりすると、かえって人間関係を損なう結果になりかねません。相手の自発的な返報を待つ姿勢が大切です。また、過剰な好意は相手に心理的負担をかけてしまうこともあるため、適度な距離感を保つことも重要です。
具体的なアクション例
日常業務で実践できる具体的なアクションとしては、例えば以下のようなものが挙げられます:
- 朝の挨拶を笑顔で行う(笑顔には笑顔が返ってきます)
- 自分が持っている知識や情報を積極的に共有する
- 困っている同僚に気づいたら声をかける
- 相手の良い点や仕事の成果を見つけて伝える
- 期限より早めに仕事を仕上げて相手の負担を減らす
- 他部門との打ち合わせ前に、必要な情報を事前に準備しておく
これらは特別なことではなく、日々の小さな心がけで実践できることばかりです。
まとめ
返報性は、私たちが持つ自然な心理であり、会社業務における人間関係、チームワーク、そして生産性向上に大きく貢献する強力な原則です。心理学の実験でも実証されているように、人は好意を受けると自然とそれに応えたくなるものです。
一人ひとりの小さな親切や配慮の積み重ねが、組織全体の雰囲気を良くし、生産性を高めることにつながります。「まずは自分から与える」という姿勢を意識しながら、見返りを期待しすぎず、純粋に相手のために行動することを心がけていきたいものです。